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名古屋高等裁判所金沢支部 平成11年(行ケ)1号 判決

原告

名古屋高等検察庁金沢支部

検察官検事

乙川一郎

被告

丙野二郎

右訴訟代理人弁護士

田中健一郎

米里秀也

久保雅史

浅野雅幸

主文

一  平成一〇年三月一五日施行の石川県議会議員補欠選挙における被告の当選は、これを無効とする。

二  被告は、原告勝訴の判決が確定したときから五年間、金沢市選挙区において行われる石川県議会議員選挙において、候補者となり、又は候補者であることができない。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  事案の概要

一  本件は、検察官である原告が、平成一〇年三月一五日施行の石川県議会議員補欠選挙に立候補して当選した被告に対し、公職選挙法二一一条一項に基づき、被告の組織的選挙運動管理者等である訴外甲太郎(以下「甲」という。)が同法二二一条一項一号の罪(買収及び利害誘導罪)を犯して禁錮以上の刑に処せられ、その刑が確定したから、同法二五一条の三第一項により、被告の前記当選は無効になり、かつ被告は、原告勝訴の判決が確定したときから五年間、金沢市選挙区において行われる石川県議会議員選挙において、候補者となり、又は候補者であることができなくなったとして、前記当選の無効及び立候補禁止を求めた事案である。

二  前提となる事実関係(争いのない事実)

1  被告の当選

被告は、平成一〇年三月一五日施行の石川県議会議員補欠選挙(以下「本件選挙」という。)に金沢市選挙区から立候補し、四万〇四一九票を得て当選し、同月一八日、石川県選挙管理委員会からその旨告示され、現在、同県議会議員に在職中のものである。

2  過去の金沢市議会議員選挙における被告の選挙運動

被告は、昭和六二年、平成三年及び平成七年の過去三回の金沢市議会議員選挙(以下「市議選」という。)に米丸地区を地盤として立候補し当選した。右各選挙に際しては、米丸地区にある多数の町会で町会単位の後援会が組織され、これらを束ねるものとして丙野二郎連合後援会(以下「連合後援会」という。)が結成された。連合後援会は、各選挙に際して、これに立候補した被告のため、その唯一の集票組織として、いわゆる選対本部を組織し中心となって選挙運動を展開した。

甲太郎は、右各選挙運動を選対本部の中心となって推進した。すなわち、昭和六二年の市議選では連合後援会の幹事となり、平成三年の市議選では連合後援会の事実上の筆頭幹事となり、平成七年の市議選では連合後援会の幹事長となって、それぞれ被告のため選挙運動に従事した。

また、甲は、この間、被告の選挙運動を資金面から支援する団体である「○○会」の幹事長兼会計責任者として、その資金運用を一手に引き受け、平成三年及び平成七年の市議選時には、自らの裁量により、○○会の資金を被告のための選挙資金に充てていた。

3  被告の本件選挙への立候補

平成一〇年一月三〇日、本件選挙に際して、金沢市議会における会派の一つで、被告が所属していた金沢市議会新生議員会(市議一七名)が、被告を候補者として擁立することを決めた。

同年二月三日、被告宅において地元関係者ら数十名が集まり、甲の司会で右擁立の経過が説明されるとともに右関係者らにその了承を求める趣旨の「地元説明会」が開かれた。

同月七日、被告は正式に本件選挙への立候補を表明し、甲に対して、電話でその旨伝えた。

同月一一日には、被告の住居がある金沢市高畠地区の六町会の地元住民らが出席して集会が開かれ、その席上被告が支援を求める挨拶をした。

本件選挙は、同年三月六日に告示され、被告は同日立候補の届出をした。

4  被告の選挙運動組織

本件選挙は議席一名の補欠選挙で、旧新進党系の被告のほか自民党系、旧社会党系、日本共産党からそれぞれ候補者が擁立され、これらの者との激戦が予想された。

本件選挙において、被告は金沢市選挙区全域から集票しなければならなかったことなどから、過去三回の市議選で連合後援会が選対本部を組織したのに代わり、新生議員会が選対本部を組織することとなり、本件選挙運動全体の計画の立案・決定、指揮・監督を、選対本部長で新生議員会所属の丁山三郎金沢市議会議員(以下「丁山市議」ともいう。)が行った。

丁山選対本部長のプランの下、被告の地元である米丸地区以外の地区については、新生議員会の市議計一六名が、それぞれの地元において、各自の後援会等に働きかけて後援会会員募集名目による集票活動や個人演説会の手配・それへの動員要請等を行うこととした。

同年二月一二日ころ、丁山市議によって、「丙野二郎後援会事務所」として二階建て建物が地元の米丸地区内(金沢市高畠〈番地略〉)に借り上げられ、後の選対本部となる新生議員会の市議団が「丙野二郎後援会」の名称で入った。

5  甲の選挙犯罪

甲は、本件選挙に際し、

(一) 被告が金沢市選挙区から同選挙に立候補する決意を有することを知り、同人に当選を得させる目的をもって、いまだ同人の立候補の届出のない

(1)平成一〇年三月一日ころ、同市高畠〈番地略〉所在の丙野二郎後援会事務所において、同人の選挙運動者である戊田春に対し、被告のため投票とりまとめ等の選挙運動をすることの報酬等として現金一〇万円を供与し、

(2)同月五日ころ、同所において、同人の選挙運動者である甲川四郎に対し、被告のため投票とりまとめ等の選挙運動をすることの報酬等として現金五万円を供与し、

(3)同日ころ、同所において、同人の選挙運動者である乙野五郎に対し、被告のため投票とりまとめ等の選挙運動をすることの報酬等として現金一〇万円供与の申込をし、

もって、公職選挙法二二一条一項一号、二三九条一項一号の罪を犯し、

(二) 同選挙の立候補者として届け出た被告に当選を得させる目的をもって

(1)同月六日ころ、同市黒田〈番地略〉丙山六郎方において、同人を介して被告の選挙運動者である丁田七郎に対し、被告のため投票とりまとめ等の選挙運動をすることの報酬等として現金一〇万円の供与の申込をし、

(2)同月八日ころ、前記丙野二郎後援会事務所において、被告の選挙運動者である戊谷八郎に対し、被告のため投票とりまとめ等の選挙運動をすることの報酬等として現金一五万円を供与し、

もって、公職選挙法第二二一条一項一号の罪を犯したところ、同年七月一〇日、金沢地方裁判所において、右の罪により禁錮以上の刑にあたる「懲役一年(執行猶予五年)」に処せられ、その刑は平成一〇年一二月二五日、確定した。

三  争点

1  公職選挙法二五一条の三の合憲性

(被告の主張)

公職選挙法二五一条の三の拡大連座制の規定は、候補者本人が罪を犯した場合でないのに、候補者であった者の当選を無効にし、五年間同一選挙区からの立候補を禁止するというものであって、当該候補者にとってはこれによって政治生命を奪われ、刑罰以上に過酷な処分を受けることになり、憲法三一条の中核的内容である責任主義の原則と抵触し違憲との判断が下されかねない規定である。これを合憲と判断するためには、責任主義の観点から、同条一項の適用要件を厳格に解釈するとともに、同条二項三号所定の免責要件については、候補者において当該者が所定の選挙犯罪を行うことを予見しもしくは容易に予見し得たのに敢えてその防止の措置を取らなかったなど候補者に重大な過失がある場合を除いては、「相当な注意を怠らなかった」と解すべきであり、かつ重大な過失の存在は原告において立証すべきである。

(原告の主張)

公職選挙法二五一条の三の規定は、公明かつ適正な公職選挙の実現という極めて重要な法益を実現するために定められたものであって、その立法目的は合理的である。また、同規定は、組織的選挙運動管理者等が買収等の悪質な選挙犯罪を犯し禁錮以上の刑に処せられたときに限って連座の効果を生じさせることとし、立候補禁止期間及びその対象となる選挙の範囲も限定し、候補者等が右選挙犯罪行為の発生を防止するために相当の注意を尽くすことにより連座を免れることができるなどの免責事由も規定しているのであって、立法目的を達成するための手段として必要かつ合理的なものである。したがって、右規定は何ら憲法三一条等に違反するものではない。

2  本件選挙に際し連合後援会が組織として選挙運動を行ったか。

(1) 本件選挙の際に、連合後援会が組織されていたか。

(原告の主張)

被告の過去三回の市議選の際には、選挙の数か月前ころに米丸地区の各町会が役員を選出して町会後援会を組織し、これを統合して連合後援会が組織されていたが、本件選挙では、町会後援会等の役員を選任する時間的余裕がなかったため、甲の提案で、平成七年の市議選の際と同様、甲野九郎が会長、甲が幹事長、乙山十郎が事務局長、丙田次郎が事務局次長にそれぞれ就任し、当時の町会後援会等の役員をそのまま本件選挙に際しての町会後援会等の役員とみなした。そして、平成一〇年二月二二日に連合後援会第一回役員会が開催され、これに被告も出席して支援を求める挨拶をし、甲野が会長として挨拶をし、甲が後援会会員募集名目の集票活動等を行うよう具体的な選挙運動の実行を要請した。このように、本件選挙に際して、連合後援会が被告のための選挙運動組織として存在していたことは明らかである。

(被告の主張)

連合後援会は選挙の時以外は全く活動しない組織であり、選挙があるたびに結成されている。しかるに本件選挙では、町会後援会等の役員を選出する手続をとっておらず、連合後援会は結成されていない。また、町会後援会等の役員は一年ないし二年の任期であって、本件選挙当時、平成七年の市議選の際の役員はほとんど任期が終了している。それを甲が本件選挙の際の役員とみなすことはあり得ないし、役員会という名目で会合を開催したとしても、それは本件選挙についての連合後援会の役員会ではない。さらに、連合後援会には自民党支持者もいれば旧新進党支持者や他党支持者(他の県議を支持する者)もいたのであるから、政党間の争いとなった本件選挙において連合後援会が結成されるはずもない。

(2) 連合後援会が甲の指揮・監督のもとで組織として選挙運動を行ったか。

(原告の主張)

本件選挙に際し、連合後援会は、甲が指揮・監督し、他の者がこれに従い役割を分担する形で、被告のため組織により選挙運動を行った。

すなわち、連合後援会は、選対本部長の丁山市議のプランのもと、最重要拠点の米丸地区について、被告及び選対本部と調整を取りながら独自に選挙運動を進めることになるとともに、選挙区全域における個人演説会の立て札を準備するなどの裏方的活動や電話による投票依頼を行うことになった。

甲は、各町会ごとの後援会の役員等に選挙運動の分担実行を要請するため、平成一〇年二月二二日、三月五日、三月一〇日の三回にわたり、連合後援会役員会をそれぞれ前記役員等数十名の出席を得て開催した。甲は、その席上、後援会入会申込書により有権者に後援会への入会を働き掛けて支持を広げること、被告のポスターを掲示すること、出陣式、必勝祈願祭(玉串奉奠)等に有権者を動員すること、遊説隊を出迎えること、総決起大会に甲の割り当てた目標人数に従って有権者を動員することなどを要請した。その後、多数の役員が甲の要請に従い前記各運動を分担して実行した。

また、甲は、連合後援会の内部組織である「△△会」、「××会」、「○○会」にもそれぞれ選挙運動の指示をした。甲の指示に基づき、△△会役員らは、各町会後援会の者に電話当番を割り当て、約一万五〇〇〇世帯に対する電話作戦を分担実行するなどし、××会の会員らは、金沢市全域において各地区での個人演説会の会場設営の作業を行った。甲は、平成一〇年二月二六日、甲は会員ら約一〇〇名を集めて「○○会」の昼食会を開催し、被告出席の下で被告支援を呼びかける挨拶をした。さらに、甲は、従前同様自らの判断で、○○会の預金から六五〇万円を取り崩し、その一部を選挙費用に充てたほか、延べ五〇万円を用いて買収行為を行った。

甲は、以上のほか、各地で開催された多数回にのぼる個人演説会、地元米丸地区で開催された総決起集会等で甲野とともに地元を代表して被告支援の挨拶等をして、被告に対する投票を呼びかけた。

(被告の主張)

本件選挙について、甲らが被告のために選挙運動をしたとしても、それは連合後援会の組織としての選挙運動ではない。過去の市議選で被告を支持してきた甲が、本件選挙についても個人的に被告のために選挙運動をしたにすぎない。

本件選挙においては、選挙運動の司令塔の立場にあった丁山市議が、選対本部長として、被告を除く市議に選挙運動を指示し、各市議はそれぞれの後援会に働きかけるなどして選挙運動を展開した。被告の地盤である米丸地区については、被告が本件選挙に立候補して指示する市議がいないことから、丁山市議は地元の被告支持者である甲らに個人的に選挙運動を指示したものである。

3  甲は、連合後援会の組織により選挙運動を行うことにつき、被告と意思を通じたか。

(原告の主張)

平成一〇年二月三日、新生議員会が被告の要請により、連合後援会関係者ら数十名が被告宅に集められて開催された地元説明会において、甲が司会をして被告を本件選挙の候補者として擁立した経過の説明がなされ、その席上、被告が立候補の意向を表明した。そして、被告は同月七日、正式に本件選挙への立候補を表明し、甲に対して電話でその旨伝えるとともに、「後援会の方よろしく頼む。」と支援を要請した。また、同月一一日には、被告の住居がある金沢市高畠地区の六町会の地元住民らが出席して集会が開かれ、その席上、被告は支援を求める挨拶をし、甲は連合後援会の立場から地元としての支援を呼びかける挨拶をした。さらに、同月二二日に連合後援会第一回役員会が開催され、これに被告も出席して支援を求める挨拶をし、これを受けて甲は役員らに対し、後援会会員募集名目の集票活動等を行うよう具体的な選挙運動の実行を要請した。

以上のような経緯で、甲は同年二月二二日ころまでに連合後援会の組織により選挙運動を行うことにつき、被告と意思を通じた。

(被告の主張)

被告は、本件選挙について連合後援会と意思を通じたことは全くない。

被告は、連合後援会が過去の市議選の際の組織であることを知悉していたので、党と党との選挙である本件選挙については、連合後援会の組織体による選挙運動を行うことができないものと考えており、連合後援会に支援を要請したことがない。

また、被告は、甲が他の県会議員(丁谷県議)の前回の県議選の際の連合後援会副会長であることから、本件選挙で甲の活動については期待していなかった。

平成一〇年二月三日に開催された「地元説明会」においても、甲は「うちの後援会でできるものでもないし、このことで市議団の先生が説明に来ました。」と挨拶していたし、新生議員会の市議らは参加者らに対し、「今回の補欠選挙は新生議員会の戦いだ。」、「各党間の戦いだ。」、「市議団が責任を持って選挙する。」との説明をしていた。

結果的に、甲は本件選挙について被告を当選させるために選挙運動をしたが、これは地元米丸地区の住民として、また青年団時代からの友人として、個人的に被告を支援したもので、連合後援会を組織して支援したものではない。

4  甲は組織的選挙運動管理者等に該当するか。

原告は、前記原告の主張にかかる本件選挙運動における甲の立場及び役割・行動からすると、甲は公職選挙法二五一条の三第一項にいう組織的選挙運動管理者等に該当する旨主張する。

これに対して、被告は、本件選挙において被告の組織的選挙運動管理者等に該当するのは丁山市議であり、甲は個人的に選挙運動をしたにすぎないのであるから、これに該当しない旨主張する。

5  被告は、甲が本件選挙違反の犯罪行為を行うことを防止するため、相当の注意を怠らなかったか。

(被告の主張)

被告のための本件選挙運動は、金沢市議会新生議員会が中心となって選対事務所を設置し、選対本部長となった丁山市議の指示指導のもとに行われたところ、同市議は、選挙運動の折々に触れ、公明正大な選挙の必要性を説き、選挙違反があってはならないと訴えていた。被告も同様の考えであり、同市議のもとで公明正大な選挙が行われるであろうことを信じて疑わなかった。右新生議員会が中心になって行われた本件選挙において、甲が買収行為を伴う選挙運動を行うなどということは、被告にとっては全く予想もつかないことであった。このような事実経過において、被告に重過失がないことはもちろん過失もないことが明らかである。

(原告の主張)

本件選挙において、連合後援会は被告の地元組織として、人的、資金的に選対本部を支えるとともに、地元における選挙運動について選対本部の方針や日程に併せながら独自に組織的な運動を展開していた。そして、甲は実質的にこれを総括し、いわば被告の側近中の側近というべき立場にあったから、被告としては甲が買収行為等に及ばないよう同人に対する直接的で不断かつ周到な注意が求められていた。このような甲の立場からすると、被告主張のような選対本部長の抽象的な注意だけでは、「相当な注意を怠らなかった」ことにならない。しかも、被告は、甲に対しては勿論、地元の人たちに対しても選挙違反をしないようにという注意は一切しておらず、甲が本件の犯罪行為を行うことを防止するため、相当の注意を怠らなかったとは到底いえない。

6  裁量的棄却

被告は、甲が本件選挙違反で検挙されるに至ったのは、被告の対立候補である自民党候補を支持する者の画策によるものであり、捜査当局はこれを利用し、私服刑事が受供与者である戊田春に対して卑劣な違法捜査をし、甲の検挙に至ったのであり、これら一連の捜査は、被告を追い落とすために恣意的に行われたものであるから公正な捜査といえず、正義に反し、右捜査と不可分な本訴請求も著しく正義・公正に反するので、本件請求は裁量的に棄却されるべきである旨主張し、原告はこれを争う。

四  証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第三  当裁判所の判断

一  争点1(公職選挙法二五一条の三の合憲性)について

被告は、公職選挙法二五一条の三の拡大連座制の規定は、候補者本人が罪を犯した場合でないのに、候補者であった者の当選を無効にし、五年間同一選挙区からの立候補を禁止するというものであって、憲法三一条の中核的内容である責任主義の原則と抵触し違憲との判断が下されかねない規定である旨主張し、右主張を前提に、同条を合憲的に解釈するためには、同条二項三号所定の免責要件について、候補者に重大な過失がある場合を除いては、「相当な注意を怠らなかった」と解すべきであり、かつ重大な過失の存在は原告において立証すべきであると主張する。

しかしながら、公職選挙法二五一条の三の規定は、公明かつ適正な公職選挙を実現する目的で定められたものであって、その立法目的は合理的である。また、同規定に定められた連座制適用の要件、適用の範囲、免責事由等からすると、同規定は右立法目的を達成するための手段として必要かつ合理的なものである。したがって、右規定は何ら憲法三一条に違反するものではない(最高裁判所平成九年三月一三日判決参照)。被告は、右規定が憲法三一条に抵触するおそれが大きいことを前提にして、原告が候補者の重過失を立証しない限り、拡大連座制は適用されない旨主張するが、右前提自体失当であるから、被告の主張は理由がない。

二  前記争いのない事実に加え、証拠〈証拠略〉を総合すれば、被告の本件選挙への立候補に至る経緯、被告のための選挙運動等に関し、以下の事実が認められる。

1  被告は、昭和六二年、平成三年及び平成七年の市議選に立候補し当選したが、右各選挙に際しては、被告の地元である米丸地区で町会単位の後援会が組織され、これらを束ねるものとして結成された連合後援会が唯一の集票組織として、選対本部を組織して選挙運動を展開した。

本件選挙の直前である平成七年の市議選において、連合後援会は会長に甲野九郎、幹事長に甲、事務局長に乙山十郎、事務局次長に丙田次郎がそれぞれ就任して組織された。右選挙運動は、幹事長である甲が全般にわたって計画・立案した上、指揮・監督し、会長である右甲野は甲の決定したことを追認するにすぎなかったし、右乙山、丙田は甲を補佐する以上の役割を担わなかった。

2  金沢市議会議員の一会派である新生議員会は、平成一〇年一月三〇日に開催した同会の会合において、同年三月に予定されている石川県議会議員補欠選挙(本件選挙・定数一名)の候補者として、同会所属の市議会議員である被告を擁立することを決定した。その際、被告は、地元後援会の了解等が得られれば立候補したい旨の意向を示していた。

3  被告は、同年二月一日、甲の経営する甲建設株式会社の事務所を訪れ、甲に対し、自分が新生議員会から擁立されている旨話した上、同会の市議会議員らが説明に来るので、同月三日に被告方に地元後援会の人たちを集めることを要請した。これを受けて、甲は被告とともに、平成七年の市議会議員選挙当時の連合後援会の役員に電話をかけて、同月三日に被告方に集まるように伝えた。

4  同年二月三日、被告宅に連合後援会関係者ら数十名が集まり、甲の司会で「地元説明会」が開かれ、新生議員会の市議会議員らが右擁立の経過を説明し、「今回の選挙は各党間の戦いであり、被告でないと勝てない。市議団が責任を持って選挙運動するから、後援会は後から付いてきてほしい。」などと言って、連合後援会関係者らの了承を求めた。これに対し、右関係者の一部から、被告を本件選挙の候補者として擁立することに反対の意見も出たが、最終的には、被告が進退を新生議員会に委ねることが了承された。

5  同年二月七日、被告は正式に本件選挙への立候補を表明し、甲に対して、電話でその旨伝えるとともに、「後援会の方よろしく頼む。」と支援を要請した。

6  同年二月一一日には、被告の住居がある金沢市高畠地区の六町会の地元住民らが出席して集会が開かれ、その席上被告が支援を求める挨拶をし、甲は、連合後援会の立場から、地元としての支援を呼びかける挨拶をした。

7  選対本部長の丁山三郎金沢市議会議員は、同月一二日ころ「丙野二郎後援会事務所」として二階建て建物を借り上げたが、同建物内には選対本部のための区画のほか、連合後援会のためにも専用区画が割り当てられ、同区画内に連合後援会のための電話と幹部役員三名及び事務員一名の事務机が設置され、甲がその裁量で事務員二名を採用した。

8  連合後援会は、選対本部長の丁山市議のプランのもと、被告の地盤とする地域であり最重要拠点の米丸地区について、被告及び選対本部と調整を取りながら独自に選挙運動を進めることになるとともに、選挙区全域における個人演説会の立て札を準備するなどの裏方的活動や電話による投票依頼を行うことになった。そこで甲は、各町会ごとの後援会の役員等に選挙運動の分担実行を要請するため、連合後援会の役員会を招集しようとしたが、本件選挙においては、過去三回の市議選では数か月前までに選任していた町会後援会等の役員を今回は選任する時間的余裕がなかったことから、甲の提案により平成七年の市議選の際と同様、甲野九郎が会長、甲が幹事長、乙山十郎が事務局長、丙田次郎が事務局次長にそれぞれ就任し、当時の町会後援会等の役員をそのまま本件選挙に際しての町会後援会等の役員とみなして、役員会の招集通知を行った。そして、同年二月二二日に役員数十名が集まって連合後援会第一回役員会が開催され、これに被告も出席して支援を求める挨拶をし、甲野が会長として挨拶をし、甲が後援会入会申込書により有権者に後援会への入会を働き掛けて支持を広げること、被告のポスターを掲示することなど、具体的な選挙運動の実行を要請した。さらに、甲は、同年三月五日、同月一〇日にも、連合後援会役員会を開催し、その席上、出陣式、必勝祈願祭(玉串奉奠)等に有権者を動員すること、遊説隊を出迎えること、総決起大会に甲の割り当てた目標人数に従って有権者を動員することなどを要請した。その後、多数の役員が甲の要請に従い前記各運動を分担して実行した。

9  また、甲は、連合後援会の内部組織である「△△会」、「××会」、「○○会」にもそれぞれ選挙運動の指示をした。甲の指示に基づき、△△会役員らは、各町会後援会の者に電話当番を割り当て、約一万五〇〇〇世帯に対する電話作戦を分担実行するなどし、××会の会員らは、金沢市全域において各地区での個人演説会の会場設営の作業を行った。甲は、平成一〇年二月二六日、会員ら約一〇〇名を集めて「○○会」の昼食会を開催し、被告出席の下で被告支援を呼びかける挨拶をした。さらに、甲は、従前同様自らの判断で、○○会の預金から六五〇万円を取り崩し、その一部を選挙費用に充てたほか、延べ五〇万円を用いて買収行為を行った。

甲は、以上のほか、各地で開催された多数回にのぼる個人演説会、地元米丸地区で開催された総決起集会等で甲野とともに地元を代表して被告支援の挨拶等をして、被告に対する投票を呼びかけた。

以上の事実が認められる。

三  争点2(1)(本件選挙の際に、連合後援会が組織されていたか)について

本件選挙では、町会後援会等の役員を選任する時間的余裕がなかったため、正式な役員選任手続は行われなかったものの、甲の提案で、連合後援会の役員は平成七年の市議選の際と同一人が就任し、当時の町会後援会等の役員をそのまま本件選挙に際しての町会後援会等の役員とみなして役員会が招集・開催され、その役員会で甲が要請した各選挙運動を多数の役員らが分担して実行したのであるから、本件選挙の際に、連合後援会の組織が実体として存在したことは優に認められる。

この点について、被告は、連合後援会は選挙の時以外は全く活動しない組織であり、選挙があるたびに結成されているところ、本件選挙では、町会後援会等の役員を選出する手続をとっていないから、連合後援会は結成されていないし、平成七年の市議選の際の役員はほとんど任期が終了しているから、それを甲が本件選挙の際の役員とみなすことはあり得ず、役員会という名目で会合を開催したとしても、それは本件選挙についての連合後援会の役員会ではない旨主張する。

しかしながら、連合後援会は被告の選挙を支援することを目的とした組織であり、選挙のない期間は事実上活動をしていないものの、一年に一回程度総会を開催したり、選挙の前の年に運動会を開催したりする(甲一一、一九)など選挙が終われば組織として全く消滅するといったものではないことが認められる。そして、連合後援会が実体として存在するかどうかは、正式に役員の選任手続が行われたか否かで決まるものではなく、現にその目的に従って活動し得るだけの組織の実体があるか否かで決せられるというべきところ、前記のとおり、連合後援会の役員会に招集された多数の役員が甲の要請に従い前記各選挙運動を分担して実行したほか、連合後援会の内部組織である△△会、××会、○○会が、本件選挙においてそれぞれ、その役割に応じた運動を行っているのであるから、連合後援会が組織されていたことは明らかであり、被告の主張は理由がない。

また、被告は、連合後援会には自民党支持者もいれば旧新進党支持者や他党支持者もいたのであるから、政党間の争いとなった本件選挙において連合後援会が結成されるはずもない旨主張するが、本件選挙が政党間の争いの色彩の強いものであったとしても、被告が当選を目指して立候補する以上は旧新進党支持者のみならず、それ以外の者からの得票を期待するのが当然であり、ことに被告においては市議会議員から県議会議員への鞍替えのチャンスでもあったのであるから、市議選時の地元組織を有効に活用することをはばかる理由はないし、また、市議会議員選挙と全く同一の構成員を維持しなければ、連合後援会を結成し得ないというものでもないから、被告指摘の事由が連合後援会が存在しなかったことの理由にはならない。

四  争点2(2)(連合後援会が甲の指揮・監督のもとで組織として選挙運動を行ったか)について

前記のとおり、連合後援会は、甲の指示・要請に従って、他の役員らが、有権者に後援会への入会を働き掛けること、被告のポスターを掲示すること、出陣式、総決起大会等に有権者を動員すること、遊説隊を出迎えることなどの各運動を分担して実行し、連合後援会の内部組織である「△△会」、「××会」、「○○会」もそれぞれ甲の指示に基づき、その役割に応じた選挙運動を実行したものであって、連合後援会が甲の指揮・監督のもとで組織として選挙運動を行ったことも優に認められる。

この点について、被告は、選対本部長であった丁山市議会議員が地元の被告支持者である甲らに個人的に選挙運動を指示したものであって、甲も過去の市議選で被告を指示してきた立場から個人的に被告のために選挙運動をしたにすぎない旨主張する。

しかしながら、前記認定事実に加え、丁山市議自ら選対本部系統図に「丙野二郎後援会」(連合後援会)を書き入れていること(甲一七)からすると、丁山は組織としての連合後援会が米丸地区の選挙運動のほか電話作戦、演説会場の設営等をも分担していたことを十分に認識していたものと認められる(これに反する丁山証人の供述は措信しない)。また、前記認定事実からすると、甲が、連合後援会を離れて個人的に選挙運動したとは到底認められない。したがって、この点に関する被告の主張は理由がない。

五  争点3(甲は、連合後援会の組織により選挙運動を行うことにつき、被告と意思を通じたか)について

前記認定の被告の立候補に至る経緯等からすると、遅くとも、平成一〇年二月二二日に連合後援会第一回役員会が開催され、これに被告が出席して支援を求める挨拶をし、これを受けて甲が役員らに対し、有権者に後援会への入会を働き掛けて支持を広げること、被告のポスターを掲示することなど、具体的な選挙運動の実行を要請したときまでには、甲は連合後援会の組織により選挙運動を行うことにつき、被告と意思を通じたものと認めるのが相当である。

この点について、被告は、党と党との選挙である本件選挙においては、連合後援会の組織体による選挙運動を行うことができないものと考えており、連合後援会に支援を要請したことがないし、甲も平成一〇年二月三日に開催された「地元説明会」において、「うちの後援会で選挙ができるものでもない」と挨拶していたのであるから、連合後援会の組織により選挙運動を行うことにつき、被告と甲は意思を通じていない旨主張する。

しかしながら、前記認定のとおり、被告は連合後援会の役員会等において、支援を求める挨拶を繰り返しており、このことからすると、被告が本件選挙について連合後援会の組織体による選挙ができないと考えていたとは認めがたいし、甲も、被告が立候補を表明する前の段階では、被告主張のように連合後援会で選挙運動ができるものでもないと述べていたことが認められるが、被告が立候補を表明してからは、前記のとおり、連合後援会の役員会を招集するなどして、連合後援会の組織を用いた選挙運動をしていたことが明らかであるから、被告指摘の点は甲に連合後援会の組織を用いた選挙運動をする意思がなかったことを窺わせるものではない(これに反する被告本人の供述は措信しない)。この点に関する被告の主張も理由がない。

六  争点4(甲は組織的選挙運動管理者等に該当するか)について

前記二ないし五の認定にかかる本件選挙運動における甲の立場及び役割・行動からすると、甲は公職選挙法二五一条の三第一項にいう組織的選挙運動管理者等に該当することが明らかである。

この点につき、被告は、本件選挙において被告の組織的選挙運動管理者等に該当するのは丁山市議であり、甲は個人的に選挙運動をしたにすぎないのであるから、これに該当しない旨主張する。

本件選挙において、丁山市議が選対本部長として、本件選挙運動全体の計画の立案・決定、指揮・監督を行ったことは被告指摘のとおりであるが、連合後援会は被告の地盤とする地域で最重要拠点の米丸地区について、被告及び選対本部と調整を取りながら独自に選挙運動を進めることになっていた上、選挙区全域における個人演説会の立て札を準備するなどの裏方的活動や電話による投票依頼を行うことについても、連合後援会(その内部組織)が独自に行っていたものであり、これらの連合後援会の選挙運動を指揮していたのは甲であるから、丁山市議が組織的選挙運動管理者等に該当するとしても、甲が組織的選挙運動管理者等であることと両立し得ないものではない。よって、この点に関する被告の主張も理由がない。

七  争点5(被告は、甲が本件選挙違反の犯罪行為を行うことを防止するため、相当の注意を怠らなかったか)について

被告は、選対本部長となった丁山市議は、選挙運動の折々に触れ、公明正大な選挙の必要性を説き、選挙違反があってはならないと訴え、これと同様の考えであった被告も、同市議のもとで公明正大な選挙が行われるであろうことを信じて疑わなかったのであり、新生議員会が中心になって行った本件選挙において、甲が買収行為を伴う選挙運動を行うなどということは、被告にとっては全く予想もつかないことであったから、被告には重過失も過失もなく、甲が本件の犯罪行為を行うことを防止するため、相当の注意を怠らなかった場合に当たる旨主張する。

しかしながら、前記認定の本件選挙運動における甲の立場からすると、被告において「甲が本件選挙違反の犯罪行為を行うことを防止するため、相当の注意を怠らなかった」というためには甲が買収行為等に及ばないよう同人に対する直接的で不断かつ周到な注意が求められていたというべきであるところ、被告自身が「私は選挙運動員を信頼しており、今回の選挙に関して甲に対し選挙違反をしないようにという注意はしておりません。」と供述(甲八一)しているものであり、その他本件全証拠によるも、被告自らあるいは選対本部長の丁山市議が被告の指示を受けて甲に対して右のような注意を行っていたことを認めることができず、被告の主張は理由がない(前記被告主張のような選対本部長の抽象的な注意だけでは、「相当な注意を怠らなかった」ことにならないことは明らかである)。

八  争点6(裁量的棄却)について

被告は、本件一連の捜査は、被告を追い落とすために恣意的に行われたものであるから公正な捜査といえず、正義に反し、右捜査と不可分な本訴請求も著しく正義・公正に反するので、本件請求は裁量的に棄却されるべきである旨主張する。

しかしながら、本件全証拠によっても、被告が不公正な捜査として指摘する事実は認められず、他に本件の犯罪捜査が不公正な捜査であることを認めるに足りる証拠はない。被告の主張は理由がない。

第四  よって、本件選挙における被告の当選の無効及び主文掲記の立候補禁止を求める原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・窪田季夫、裁判官・氣賀澤耕一、裁判官・本多俊雄)

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